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山崎研究室
近代史と鉄道から語る山崎隆の都市文明講座
第4回 「広尾」 編
3月某日、「広尾」を訪れた。
渋谷区と港区の区境にある日比谷線「広尾」駅の開通年は、昭和39年である。
銀座線などに比べ、意外に新しい駅なのである。
それまでの広尾駅周辺は、路面電車が集まる広い操車場であった。
現在、そこは都営住宅の敷地に変わっている。
地元で有名な“明治屋”は、明治18年に横浜で創業された舶来食品の専門店である。
その裏側周辺には、小規模な商店街が展開し、外苑西通り沿いには瀟洒なレストランなど
も並んでいる。
駅の交差点から有栖川公園に向かえば“ナショナル麻布マーケット”がある。
ここは、昭和37年にオープンした外国人専用の輸入食材などの専門店で、英語だけで買
い物ができるところだ。
車で買い物に行くと、貫禄のあるアフリカ系のおじさんが笑顔で迎えてくれる。
彼らはそこの駐車場を管理しているのだが、日本語も多少は話せる。
マーケットの中に入ると、やはり外国人が多く、商品説明も英語だ。
ワインやチーズが豊富に揃い、七面鳥も、丸ごと売っている。
以前、私は、渋谷区の某所に建てられた高級欧米人向け賃貸マンションの調査を某大手建
設会社から依頼されたことがある。
プランニングに失敗したらしく、募集しても入居者が集まらないのである。
改善案を練るための調査を依頼されたのである。
もう既に高層の鉄筋コンクリートの建物が竣工してしまった後の話で、あまり気が進まな
かったが、とりあえず内見に行った。
その物件は、天井高が低く、洗濯機の位置も悪く、大型車も駐車できず、七面鳥も丸ごと
焼けないようなキッチンが付いていたのを思い出した。
「そんなアホな…」。私は、思わず苦笑してしまった…。
欧米人はパーティ好きだ。クリスマスの時には、たいてい七面鳥を丸ごと焼く。
だから、欧米人向けの賃貸住宅ではオーブンの大きさが賃料に影響を与えることもある。
なんでも金ピカにすれば高い家賃が取れるという訳ではない。
高級物件の企画とは、そんな単純な話ではないのである。
金ピカが通用するのは、ベンチャー系の社長宅などの、成り金の日本人だけである。
エスタブリッシュメント層や欧米のエリート層には通用しない。
従って、結局は、何をやっても後の祭りだということが判明しただけだった。
そんな酷い建物を建てさせられたオーナーこそ被害者だ。
可哀想だが、ノウハウの無い建設会社に頼んだのが運のツキということか…。
会社の規模とノウハウの高さは比例しない…。
有栖川公園を中心とした丘陵地は、明治以降、華族、高級軍人、資本家などの大邸宅や、
大使館などが建ち並ぶ高級住宅街として発展してきた。
この公園は、明治維新で武家屋敷が皇族の屋敷に変わり、その後、東京市に寄贈されたも
のである。
周辺は、都内有数の自然環境と住環境が両立した高級住宅街だ。
今は、企業経営者など典型的な高額所得層が居住するエリアとなった。
また、大使館や外資系企業などに勤める欧米系のパワーエリート層が在住している。
面前を、魅惑的な欧米人の女性が通り過ぎていく。
天然物の金髪は、春の陽光を浴びて乱反射している。美しい…。
それに比べて、我が日本の“コギャル”の金髪は、なんと下品なことか…。
広尾駅の北西に広がる台地には“日本赤十字医療センター”がある。
その隣接地には有名な“広尾ガーデンヒルズ”がある。
開発後20年以上過ぎた現在も高級マンションの代名詞となっている。
また、その病院内の敷地でも、新たなマンションが建設中である。
三井不動産と三菱地所の共同事業で開発が進んでいる。
かの定期借地権付きマンション、“広尾ガーデンフォレスト”である。
分譲単価は600万円前後と聞くが、既に完売している。
入居者には、病院が優先的に利用できるという特典があるらしい。
ということは、つまり、貧乏人は後回しにされるのだろうか?
元来の日本赤十字は、ジュネーブ条約の主旨に沿って設立された国策の医療機関である。
従軍看護婦の養成が目的の一つであり、広尾は、和製ナイチンゲール発祥の地なのだ。
それがために、戦前、病院の西側(広尾高校付近)には陸軍衛生廠が隣接し、相互に機能
連携していたのである。
だが、現在の和製ナイチンゲールは、負傷兵ではなく、お金持ちを大切にする。
随分と心変わりしたものだ…。
さて、高級マンションといえば“広尾タワーズ”を忘れてはいけない。
これは“ガーデンヒルズ”よりも古いマンションで、賃貸専用マンションである。
敷地内にはプールがあり、専用庭では、バーベキューをすることができる。
私は、学生時代、ここに友人が住んでいたので、バーベキュー・パーティの恩恵にあずか
ったことがある。
友人は社長の息子で、私はサラリーマンの息子だ。
自分の運命を恨んだが、それでも焼き肉の味は格別だった。
そういえば、友人の彼女は、超美人なスッチーだったなあー。
学生時代の苦い想い出が走馬灯のように頭を駆け巡った…。
その瞬間、誰かが、遠く背後から私を呼び止めた。
振り向くと「ダーリン!」と呼びかけながら、金髪の美女が小走りに近づいて来る。
?????…。
その美貌に、どこかで心当たりがあるような、ないような…。
またも苦い想い出の走馬灯が回った…。
だが、不思議なことにその美女は、笑顔で迎えようとする私のわきを通り過ぎていった。
どうやら彼女は、私の前方、約20メートル先を歩く白人男性に関心があるらしい…。