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山崎研究室
近代史と鉄道から語る山崎隆の都市文明講座
第12回 「白金・高輪」 編 その2
2009年、9月某日。
高輪消防署は、そのモダンな意匠を凝らした火の見櫓で有名である。
昭和8年に落成したこの造形物はドイツ表現主義の影響を受けている。
海抜25メートルの高台は、江戸時代から江戸湾が一望できる景勝地でもあり、
その利点を生かして明治41年に消防署が置かれた。
正式には、高輪消防署・二本榎出張所と呼ぶ。
かつて東海道の一里塚として、二本の榎が植えてあった。
私は建物の中を見学させてもらうべく頼んでみた。
すると、なんと、署長さんが案内してくれることになった。
花崗岩の切り出し積みで仕上げられた壁が威風を醸し出している。
塔の頂上へ向けて螺旋階段を上る。石造りの手摺りは鏡のように光沢を放つ。
2階は実際に消防署の事務所として使われているが、モダンな装飾に溢れていた。
3階には円形講堂があり、消防の歴史に関する展示品があった。
そして今回は特別に望楼に上がらせて頂くことになった。
今度は、狭く危険そうな鋼鉄製の螺旋階段を上る。
たぶん、この頂上からの眺望は、戦前の時点では、
東京タワーに匹敵したかもしれない。
広いバルコニーのような屋上に出た。そして、ふと思った。
この望楼、どこか別の場所で見たような…。
「この建物は、戦艦“三笠”の艦橋をイメージしてデザインされたものです」
「かつて東京湾から見ると“海原を走る軍艦”のようにも見えたのです」
そう署長さんが説明してくれた。
「?えっ、なんですか。あの横須賀にある、み、か、さ?」ですか?
「はい、そうです。それが、どうかしましたか…」
恐るべし戦艦“三笠”よ、まさか、こんなところで再会するとは…。
我が守護神か守護霊に違いない。これが運命なのだ。
英霊たちが、いつも我が身に寄り添ってくれているのだ。
署長さんの前なので、私は感激の涙が出てくるのを必死に抑えた。
そうだ、近いうちに靖国神社に行こう。
暫く参拝してなかったから、これは御告げのようなものだ。
署長さんや署員さんたちにお礼を伝え、次の目的地に向かう。
そこは、かの有名な泉岳寺である。
途中、高輪台小学校の前を通る。ここは、私の母校でもある。
この校舎も歴史的な建造物として有名である。
高輪消防署・二本榎出張所とともに、
東京都選定の歴史的建造物として指定されている。
その造形美は、やはり幾何学的なモダニズムの意匠である。
私は、フランク・ロイド・ライトがとても好きだ。
この校舎は、吹き抜け空間への採光の取り方が、やはりモダンだ…。
これが戦前の建物だなんて…。機能美の極致だ。
もしかすると、私がモダンなのは校舎のせいかもしれない。
潜在意識の中に、フランク・ロイド・ライトが棲みついているのだ。
私の投資プロジェクトは、クライアントから「合理的で美しい」と言われる。
さもありなん。ふっ、ふっ、ふっ…。
泉岳寺に到着した。目黒駅から歩き続けて来て、ここは今日の終着地点である。
メタボリックな身体には少々こたえたが、何故か清々しい。
赤穂浪士の忠臣蔵で有名な泉岳寺のことは、詳しく説明する必要も無いだろう。
ちなみに、浪士たちが切腹した場所も、母校の港区立高松中学校の敷地内にある。
泉岳寺に限らず、この高輪という地域には寺院が多い。
例えば、東禅寺は、幕末にイギリス公使館になったところで、
オールコックが滞在していた寺である。
高輪や白金など港区エリアの特徴は、
寺と寺のすき間に住宅地があるという都市構造である。
だから、墓だらけなのである。
墓は、不動産の鑑定ルールの中では、
嫌悪施設だの、忌避施設だのと取り扱われる。
私には嫌われる理由が解らないが、
霊が出るからとでも思われているのだろうか。
でも寺の中は自然豊かで木々が生い茂り、
今でもアオダイショウ(蛇)などがいる。
かつて私のような都会の子供の遊び場は、墓だったのだ。
セミやクワガタを採る場所だったのだ。
だから、私は墓地を見るとわくわくする。
また、墓地の北側は半永久的に日当たりが良く、風通しも良い。
そもそも幽霊が怖いといっても、誰でも、必ず、死ぬのである。
ならば「いっぺん死んでみる」べきだ。
是非とも、幽霊の気持ちになって欲しい。
私が幽霊なら、嫌悪されたくない。
仲良くして欲しいハズなのだ。
そもそも港区の台地、丘陵地エリアは、泣く子も黙る超高級住宅街である。
墓地が嫌悪施設だなんて、おかしくないか?
だから不動産鑑定理論は実務では使えないのだ。
たくさんの寺や墓があるということは、
そこが武家屋敷などと一体化して歴史的に成熟した市街地だということだ。
郊外に寺は無い。ニュータウンにも寺は無い。あるのは、公共墓地だけである。
墓地に恵まれた高級成熟エリアと、墓地に恵まれない暴落衰退エリア…。
その、どちらが優良住宅街なのだろうか…。
さて、もうそろそろ帰ろう。
私は、武士の本懐を遂げた男たちに敬意を表し、手を合わせた。
そして長い今日の行程を終えて、安堵した。
でも安堵したら、なぜか喉が渇いてきた。
数年前から、泉岳寺の隣に高級割烹が開業している。
ここでは富山湾でとれた新鮮な魚が食べられる。
ビールでも飲むことにした。
その後は、たぶん冷酒にカラスミか。
で、その後は、たぶん南無阿弥陀仏かもしれない…。