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山崎研究室
山崎隆が語る「不動産と相続の教養講座」
第8回 「相続税対策としての“タワーマンション”って、どうよ?」 編 (2014年9月某日)
アベノミクスの影響か、それとも株高の影響だろうか。
相変わらず「資産形成に有利なマンションを探して欲しい」という相談が多い。
それ故、残暑の中での不動産業者的な日常が続いている。
私は、この暑い最中、蚊に刺されながら現地調査をしている。
なぜ“オープンルーム”には“蚊取り線香”が置いてないのだろうか。
ひ弱なアレルギー体質なので刺されると腫れ上がる。
さらに皮膚の“かゆかゆ(=非常に痒い)”は1週間も治らない。
まあいい。そんなことはクライアントには関係ないことだ。
さて、それよりも昨今流行の節税マンション・ブームについて語ろうと思う。
そもそも、この業務は以前なら実需(マイホーム購入)の相談が主流だった。
資産価値が落ちないマンションや一戸建が欲しい。
単純にそれだけが目的だった時代があった。
ところが昨今の依頼者の目的は多種多様だ。
特に相続税対策を意識した不動産投資が急増している。
そして依頼者の中には、どこで“入れ知恵”されたかは知らないが、
できれば“タワーマンション”が欲しいという人が少なくない。
確かにタワーマンションは、一見「節税」という観点からは有利に感じる。
取引事例から推定される時価に対して相続税評価額が相対的に低いからなのだ。
たとえば時価が1億円するマンションの相続税評価額(借家権や貸家建付地の
評価減後)が約2千万円というケースもある。
そうすると評価額が時価の20%にまで圧縮されることになる。
一般的な中低層マンションであれば、これは40%前後なので、
2倍も有利ということになる。
その理由は、相続税の評価ルールというものが土地と建物とを別々に分け、
それから個別に評価するという、従来の方式を踏襲し続けているからである。
そうなると土地の持ち分が少ない区分所有権の方が評価が低くなることが多い。
土地というものは、減価償却資産ではない。
さらに、路線価の評価が固定資産税評価額よりも高い。
一方、建物というものは、固定資産税評価がそのまま相続税評価額になり、
さらに築年数を経て経年劣化が進むと、最後は限りなくゼロに近くなる。
そう考えられている(実際はそうではないが…)。
だが問題なのは、相続税改正の影響でタワーマンションが値上がりしていることだ。
かつて都心でも、数年前なら、期待利回りが5%前後で買えたような物件が、
今では、それが4%前後にまで下がっている。
つまり、単純に収益還元法(=直接還元法)で査定すると、
仮に年間純収益が360万円だったマンションは、
7200万円から9000万円にまで値上がりしているということになる。
(360万円÷0.05=7200万円→360万円÷0.04=9000万円)
これは明らかに異常な現象なので、注意が必要だ。
そもそもタワーマンションの立地がどんな地域にあるのかを考えて欲しい。
一般的に、都内のタワーマンションの立地の多くは湾岸の埋立地である。
その用途地域の多くは、元来は工業地域や商業地域である。
液状化、地盤沈下、土壌汚染などのリスクが高い地域のマンションが、
こんなに高値で取引されていることに違和感を覚えているのは私だけではない。
この異常な市場現象を旧知の仕事仲間の設計士(一級建築士)にしたら、
「あまりに馬鹿げたことだ」と一蹴されたのである。
彼は、埋立地などで大型の物流倉庫の設計にも関わっているプロである。
(大型の物流倉庫は柱が少なく大空間なため構造設計が難しい)
腕利きの構造設計屋を抱え、時に鹿島建設などの工事を監理したりもする。
いくらタワーマンションが免震構造や制震構造を採用したからといっても、
大震災が起きて街が地盤ごと崩壊してしまえば、
住宅としての機能が復旧するまでには、相当の時間とコストが掛かる。
マンションが建っている敷地のアプローチなど共用部に杭は打っていないので、
当然、高低差や段差が生じたり、それどころか階段が崩れたりもするだろう。
私有地内の補修費はマンションの管理組合が負担することになるのだが、
この重大なリスクを忘れてはならないと思うのだ。
また東京オリンピックの施設が湾岸地域に出来るからと言って話題になっているが、
それは住宅の価格とは関係ない話だろう。
その一方では、こんな見解もある。
確かに湾岸エリアのマンションがハイリスクなのは理解できる。
だが、どうしてもタワーマンションが欲しい場合、それしか選択肢は無い…。
…のだそうだ。
なんか、本末転倒である。
目的論と方法論が倒置、倒錯している。
では別な選択肢として、供給戸数は多くないが、
港区や渋谷区や千代田区などの優良住宅地の高台にも、
それなりにタワーマンションは建てられているので、検討してみてはどうか。
だが、その価格はとなると、一般的には1億5千万円は超えてしまう。
1戸当たりの投資額がこんなに大きくなって問題は無いのだろうか?
仮に、もしも保有資産が15億円もあるような富裕層にとっては、
1億5千万円の価格は、その資産総額の10%に過ぎない。
だが、それ以下の小金持ち層にとっては、少々、荷が重たい価格だろう。
そもそも「一つの籠にすべての卵を入れるな!」とは投資の大鉄則である。
また、賃料が著しく高いタワーマンションともなると、
景気が悪化した時などに一旦空室になると、
その後の空室期間が長くなり、資産運用の効率は大きく悪化するものだ。
賃料の高い物件は景気変動の影響を受け易い。
この法則は、不動産業界に長く関わっている者にとっては常識である。
資産運用の効率を落としてまでして、
割高なタワーマンションを購入するリスクを考えて欲しい。
結局、マンションの適正価格(資産価値)とは何か。
問題は、そこを見極めることに尽きる。
価格(プライス)と価値(バリュー)を混同してはいけない。
それを見極めるには、結局“収益還元法”をマスターするしかないのだ。
その時々の短期的な要因で揺れ動くのが価格相場というものであるが、
それは、あくまでも“取引事例比較法”による鑑定法であり、
未来リスクを予測しながらの意思決定の頼りにはならないのである。
相場に振り回されていては、本当の資産価値は分からない。
いくら延々とナントカの一つ覚えみたいに統計データを取り続けても、
そのデータは、錯誤を繰り返す人間心理の定量化でしかない。
取引事例比較法では、未来は予測できない。
さて、最強の武器“収益還元法”を説明しようと思う。
収益還元法の本質とは、
「リスクが高い不動産には、高い利回りが期待されるべきだ」
という単純だが深遠な思想である。
誤解しないで頂きたいのだが、
これは「期待利回りが高い不動産は、優良物件である」という意味ではない。
つまり「ハイリスクな資産ならば、ハイリターンであるべきだ」という意味は、
「ハイリターンな資産であれば、優良資産である」という意味ではない。
これらは全く別物なのだが、それを勘違いしている人が多すぎる。
まずは、この禅問答への深い理解が、収益還元法の入口なのである。
地下に100メートルもの杭を打たなければならない建築物は、
ハイリスクな不動産である。
ゴミや産業廃棄物で埋め立てられた軟弱地盤の上に建てられた建築物は、
ハイリスクな不動産である。
強風が吹いただけでも揺れ動く免震装置付きの建築物は、
ハイリスクな不動産である。
知的な人は、普通、そう考えるだろう。
これを勘違いして、立派な杭が打ってあるのでローリスクである。
最先端の土木技術で埋め立てているのでローリスクである。
コンピューターを駆使して構造設計したのでローリスクである。
そう考える人があまりにも多い。
そして、その楽観的な思考力には敬意を表したいが、
悲観的に考えると、資産価値が成立するまでの構成要因が複雑過ぎるのだ。
「複雑な構造は、シンプルな構造に絶対に勝てない」という法則がある。
要するに何が言いたいのかというと、
現在のタワーマンションの市場価格の形成過程においては、
「ハイリスクな不動産には高い期待利回りが求められるべきだ」
というロジックとは、まさに正反対の市場現象が起きているということになる。
この期待利回りのことを、不動産鑑定理論では“キャップレート”という。
これは“キャピタリゼーション・レート”の略語であり、
なぜか日本語では、還元利回りと訳している。
都市文明というものは、一朝一夕には造れないものだ。
家族が収入を得て、安全に暮らし、子供が健全に育つためには、
百年を超える長期間により蓄積された歴史的な文脈が必要なのである。
人は、美しい夜景と眺望だけで暮らすのではない。
資産価値のある不動産が立地する街には、商店街や病院だけでなく、
そこには、必ず神社仏閣などもあるはずだ。
それが、地域のコミュニティの要にもなるだろう。
さらに、これはあまり触れたくはない酷な話だが、
特に富裕層は、小学校にせよ大学にせよ名門校に通学しやすいエリアを好む。
多忙な高額所得層にとって魅力的な条件が整わない街に立地する不動産は、
長期的に価格が上昇することも安定することもない。
これも、鉄板の法則なのである。
まあ私の熱心な読者なら熟知している法則であろうが…。
至極当然な話だが、台地の上に建つ“低層マンション”の災害リスクは低い。
地震や液状化だけでなく、洪水、津波、高潮の心配も無い。
つい最近も広島では大規模な土砂災害があった。
原因は想定を超えた降水量であるが、地形の方がより問題だった。
現在の防災システムは、1時間当たり50ミリの降水量を超えると対応できない。
100ミリの降水量が長時間続くと河川の堤防も決壊する。
地形は、宿命のようなものであり、絶対に逃れられないカルマである。
さて、こうして経験的、歴史的な文脈をもとに様々な想定をすると、
湾岸埋立地に立地するタワーマンションの“キャップレート”は、
武蔵野台地の高台に立地する低層マンションよりも高くするべきである。
仮に甘く見て、6%ぐらいが適正だとするならば、
本当の資産価値は、現在の相場と比較すると約33%も低いということになる。
(360万円÷0.06=6000万円)
もし、キャップレートを8%にすると、これは半値になってしまうだろう。
直接還元法ではなく、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)でやると、
これが近い値かもしれないとも考えられる。
もしかして誰もが皆、もう東日本大震災を忘れてしまったのだろうか?
東京圏から遠く離れた東北の太平洋沖で起きた地震でさえも、
江東区や浦安市では大規模な液状化が起きたことを忘れたのだろうか。
もし都心で直下型の地震が起きたらどうなるのか、誰も想像しないのだろうか。
堤防や防波堤が地震で決壊した後に台風や高潮が襲来したら、どうなるだろうか。
是非とも「首都水没」(土屋信行著/文春新書)を読んでもらいたい。
市場心理で乱高下する相場を見て、それを判断基準にしてはいけない。
所詮、市場というものは、ギャンブラーたちの遊戯場なのだから。
揺れ動く市場心理に影響されない“ベンチマーク”を判断基準にするべきだ。
このベンチマークこそが“収益還元法”による“収益価格”なのである。
もし、まだ“収益還元法”が理解できていない人がいるというのなら、
私の著作を読むなり、セミナーに参加するなりをお薦めしたい。
そして、もし、それも不可能だというのなら、
せめて国土交通省の不動産鑑定評価基準ぐらいは精読しておくべきだろう。
そこ(前掲P25)には、このように書いてある。
…不動産の価格は、一般に当該不動産の収益性を反映して形成されるものであり、
収益は、不動産の経済価値の本質を形成するものである。
したがって、この手法(=収益還元法)は、文化財の指定を受けた建造物等の
一般的に市場性を有しない不動産以外のものにはすべて適用すべきものであり、
自用の(=マイホームのような自己使用の)住宅地といえども賃貸を想定する
ことにより適用されるものである。
なお、市場における土地の取引価格の上昇が著しいときは、その価格と収益価格
との乖離が増大するものであるので、先走りがちな取引価格に対する有力な験証
手段として、この手法が活用されるべきである。
なんか、この筆者(たぶん頭脳優秀なエリート官僚だろうが)は、
まるで私の著作群を読んでいるような口調ではないか…。
この人、まさか私の熱烈なファン読者だったりして(まさか!)。
この公的な文書が全面改定されたのは、平成14年なのだが、
当初の拙著「マイホームは貸せる物件を買いなさい」(ダイヤモンド社)は、
平成12年からであるから、もしかすると、その可能性が無いでもない。
その後、数々の著作群が徐々に世間を騒がし始めたのは皆さんご存じの通りである。
私は当然のことながら、お役所の文書なんぞ読み出したのは最近のことなので、
こんなにも立場が異なる人間が、まったく同じことを言っているのに驚愕した。
少なくとも当初は私と同じ考えを持つ者などこの業界には誰も存在しなかった。
むしろ、かなり不気味な事でさえある。
なぜなら彼らは現場を知らない“ハズ”だし、
私のように不動産漬けの毎日を送っている“ハズ”もないのに、
なんで、そんなことが分かるのかなあ、と思う。
やっぱり、私よりも知能指数が高いからなのか、とも思う?
ならば、路線価、公示地価、固定資産税評価とかの制度を、
もっと現実的な評価方法に改善すればいいのに、とも思うのだが、
まあ、そうすると税収が減って本人の給料も減るからやらないのね、きっと。
こんなにも明白に現行制度の矛盾が分かっているのにね、ズルイわ…。
さて、余談が長くなったけれども、
なにはともあれ“収益還元法”を理解せずに不動産を購入することは、
これはもう、まったくの自殺行為なのである。
そして、この点については国土交通省も同意見なのだ。
その事実を、私より頭脳明晰なエリート官僚も認めている。
皆さん、お分かり頂けただろうか…。