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山崎研究室
山崎隆が語る「不動産と相続の教養講座」
第1回 「新浦安」 編
平成23年4月某日。
平成23年3月11日の午後、私は事務所でデスクワークをしていた。
そこに、あの、東関東大震災が襲った。
だが、私のオフィスは、某有名デザイナーが設計した免震建物だった。
それが幸いしたのか、それとも、私が鈍感だったのか、
東関東が危機的状況に陥っていることに気づかなかった。
「今日の地震はいつもより揺れるなあ~」ぐらいにしか感じなかったのだ。
私の個人的な被害は、綾波レイの人形が軽症を負っただけだった。
これは、台座が無く、不安定な姿勢の人形だったので仕方がないのだ。
十匹以上はいるだろうか、招き猫は全員無事だった。
招き猫は全員、いつものように、何も無かったような顔をしていた。
だが私は、直後のニュース映像を見て青くなった。
関東各地の軟弱地盤エリアでは地盤の液状化が起き、津波が原発を襲ったらしい。
その後、原発事故で日本国民の誰もがニュースに釘づけになっていた。
液状化では、新浦安の被害が酷いという報道が流れていた。
浦安市は下水が復旧しないため、トイレが使えない街になったという。
拙著「東京のどこに住むのが幸せか」で私が予測したことが、
現実に起きてしまったのである。
そして4月の某日、徐々に落ち着きを取り戻しつつある浦安周辺の街に、
スタッフとともに被害状況の調査に行くことにした。
とりあえず東西線「浦安駅」から、タクシーで舞浜に向かう。
途中、酷く傾いて閉鎖された交番を目撃する。
舞浜の街は悲劇的な様相を見せていた。
多数の写真を撮ったが、プライバシーの問題もあるので、
今回は、あえて悲惨な写真の掲載は控えたが、
実際には、家が地面に沈み込んだり、傾いたりしていた。
車道や歩道は波をうち、塀やヨウ壁も崩れたりしている。
拙著で予測した通りの状況を検証した。
そして最も厄介な現場を発見した。
私有地から公道に流れる下水道の排水勾配がとれなくなっているのだ。
辛うじて排水管を路上に転がすようにして応急措置をしている。
液状化の恐怖は、なにも地表の建物が倒壊したりすることだけではない。
最も厄介なことは、街全体の下水の排水勾配がとれなくなることなのである。
根本的な解決法は、排水経路の大規模な見直しと、地盤や道路の再造成しかない。
いまさら汲み取り式のトイレに変える訳は行かないだろう。
復旧には、相当の時間と費用を要する。
もしも直下型の地震が襲ったら、こんな状況では済まないだろう。
埋立地の高層建築物の地盤には、支持層までの杭が打ってある。
だが、低層建築物や道路には、必ずしも杭は打たない。
このような地域では地中の地質的な均質性に歪みが生まれる。
地震は、その歪みを、致命的なまでに増幅する。
このような街を地震が襲うと、低層の建物は一瞬のうちに不等沈下する。
その一方で、元の水準が維持される高層の構造物が同地域に併存する。
そして、地下構造の特徴の異なる様々な建築物や地盤との間で、
排水経路の高低差ギャップが調整できなくなってしまう。
要するに、土木設計上の高低差に歪みが生じると、
排水の勾配が取れなくなり、排水経路に逆流が起き、
最終的には、下水が下流に行かなくなるということだ。
各所で下水の上流と下流の逆転現象が起きてしまう。
上水道の復旧は、圧力が掛かっているので比較的簡単に可能だ。
だが、排水は引力にまかせて下流に流れるので、流れない。
すると結局、上水も使えなくなる。
排水できないところで給水しても汚水が溢れるだけなのだ。
こうした現象が起こるということは、理論上は知っていた。
だが、実際に目前にすると、自然の力の強大さに愕然とする。
おそるべし、液状化…。
今日の取材は、異常な光景を見続けたせいか、重い疲労感に襲われた。
もう都心に帰ろうと思う。待たせてあったタクシーに乗る。
そして、東西線「浦安駅」についた。
なぜか、妙にタバコが吸いたくなった。
嗚呼、また禁煙を破ってしまうことになるのか。
今年に入って、これで、もう21回目だ。
私は、毎週のように禁煙を誓っているが、
今日も、自分の意志の弱さに対し言い訳をした。
こんな日は特別なんだ。誰だって折れるのだ。
私は、液状化が起こらなかったという東西線の浦安駅の周辺で、
タバコを買おうと自販機を探してトボトボと歩き回った。
やっと、自販機を見つけた。
だが不思議なことに、設置された自動販売機の高さが、なぜか異常に高い。
この高さでは、足が短く背の低い私には、手が届かない。
あっ、そうだ、分かった。
これは地盤沈下の典型的な現象なのだ。
ここでは液状化はなかったが、日常的に地盤は沈下し続けていたのだ。
地盤沈下が起きると、杭が打ってある建物は、地面から徐々に浮き上がってしまう。
道路から建物内に入る途中の階段の段差も高くなる。
そうして、足が短い人は、最初の一段目の階段が上がれなくなる。